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1980年代に101位以下からTOP10入りしたシングル

 1980年代、101位以下からTOP10入りしたシングルは、25作。ただし「BUBBLING UNDER」チャートは、1985年8月24日付けをもって、ひとまず打ちきりとなりました。したがってここで対象となるシングルは、1985年8月24日付けまでの間に、「BUBLLING UNDER」チャートに入ったシングルということになります。
 「えっ、この曲が」という意外な曲も多く、楽しめます。
(タイトル/アーティスト・最高位・ 「BUBBLING UNDER」チャートイン日付)赤字は#1シングル。

TAKE YOUR TIME/S.O.S BAND  1980/05/24
 R&BバンドであるS/O/Sバンドの最初にして最後のTOP10ヒット。101位で登場。翌週 88位。最高位は80年8月16日の3位。80年に僅か3枚しかないダブルミリオンセラーシングル(200万枚以上売り上げ)でもあります。因みにグループ名のS/O/S/は「SOUNDS OF SUCCESS」の意。

SUKIYAKI /TASTE OF HONEY
 1981/01/31
 78年に3週1位に輝いた「BOOGIE OOGIE OOGIE」以来のテイストオブハニーのTOP10ヒットは、坂本九「スキヤキ」のカバー。「BUBBLING UNDER」は107位で登場、以降 106→105→103→103位と、5週かけ、HOT100の83位にエントリーしました。

HOOKED ON CLASSICS/ROYAL PHILHARMONIC ORCHESTRA  1981/10/24
 いやはやこんな曲がTOP10に入るとは///。ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団ですよ。
 チャイコフスキー、モーツァルト、ヘンデル、ガーシュイン、バッハなど著名なクラシック作曲家の楽曲をメドレーで繋いでしまうという、「スターズ・オン45」の二番煎じが見事に当たったというところでしょうか。
103位で登場。最高位10位。

TAINTED LOVE/SOFT CELL 1982/01/09
 1991年11月のBillboard誌チャート大改革以前におけるチャート史に残るロングラン・シングル。曲自体はうすっぺらなエレポで、最高位8位を記録したこと自体信じられませんが、その粘りに粘ったチャートアクションもまた信じられないモノでありました。109位に登場。最高位8位。HOT100滞在43週。
(「TAINTED LOVE」のチャートアクションについては、別の機会に譲る)

I RAN/A FLOCK OF SEAGULLS  1982/06/12
 本国イギリスでは殆ど実績のないアーティストが、アメリカでいきなり売れるというパターンが、いかにも「BUBBLING UNDER」チャート登場組、という雰囲気。
107位に登場。翌週106位に上昇するも、翌々週チャートから消える。しかし、再び102位に登場。1982年10月23日、最高位9位を記録。

WHO CAN IT BE NOW/MEN AT WORK  1982/07/03
 これまた「BUBBLING UNDER」的な雰囲気をプンプン漂わせたシングル。106位登場。翌週83位。82年10月30日、1週のみであるが1位に輝く。

STRAY CAT STRUT/STRAY CATS 1982/07/17
 初HOT100ヒットは、「ROCK THIS TOWN」(82年12月、最高位9位)。続くTOP10ヒットがこの「STRAY CATS STRUT」。しかし、シングルの発売順は、この「STRAY CATS STRUT」の方が先で、82年7月に「BUBBLING UNDER」チャートに登場。このときは、108→108→104→102→110→109位と6週間「BUBBLING UNDER」に滞在しましたが、結局HOT100にあと一歩届かず。しかし「ROCK THIS TOWN」の大ヒットを受け、82年12月25日付けでHOT100の43位にいきなり登場。3位まで上昇する大ヒットとなりました。

OUR HOUSE/MADNESS  1983/04/23
 イギリスでは国民的人気をもつグループであるマッドネスも、なかなかアメリカでのヒットの機会には恵まれませんでしたが、この「OUR HOUSE」でようやくアメリカ上陸を果たしました。107位に登場。翌週の104位を経て、HOT100の76位にエントリー。83年7月には7位に輝く大ヒットとなりました。

TOTAL ECLIPSE OF THE HEART/BONNIE TYLER  1983/07/09
 いかにもジム・スタインマンのプロデュースってな大袈裟(ドラマチック?)な大曲。同時期、ジム プロデュースのエア・サプライ「MAKING LOVE OUT NOTHING AT ALL(渚の誓い)」、バリー・マニロー「READ'EM AND WEEP(涙のラストレター)」も売れており、3曲続けて聴くと、少々食傷気味になったことを思い出します。
108位登場。83年10月1日から4週#1。1980年代の 「BUBBLING UNDER」チャート登場組最大のヒットとなりました。

BURNING DOWN THE HOUSE/TALKING HEADS 1983/07/23
 トーキング・ヘッズがTOP10に入るなんて、と今から考えると少々不思議な感じがしますが…。101位登場。翌週84位。以降順調に上昇し10月22日、9位に輝いています。
なお、1979年に26位まで上昇した「TAKE ME TO THE RIVER」も「BUBBLING UNDER」での登場。一方、「ONCE IN A LIFETIME」(81年103位)「ROAD TO NOWHERE」(85年105位)の2曲は、ともにHOT100には届きませんでした。

CUM ON FEEL THE NOISE/QUIET RIOT  1983/07/30
 109→101→109→ 104→104→105→103位と実に7週間の「BUBBLING UNDER」を経、HOT100の92位にエントリー。ジリジリとチャートを上昇し、1983年11月に5位に到達。ミリオンセラーも記録しています。

TALKING IN YOUR SLEEP/ROMANTICS 1983/10/01
「一発屋」のような扱いを受けているロマンチックスですが、この「TALKING IN YOUR SLEEP」のヒットまでに、アルバム3枚と49位まで上昇した「WHAT I LIKE ABOUT YOU」をもち、さらに「ONE IN A MILLION」(84年 37位)、「TEST OF TIME」(85年 71位)の中ヒットをもつグループ。1983年10月1日に109位に登場し、18週後の84年1月28日から3週間3位をキープしました。

LET THE MUSIC PLAY/SHANNON  1983/11/05
 80年代のマイナーなTOP10ヒットを挙げるとすれば、この曲辺りもその候補でしょうか。今でこそ、80年代ダンスオムニバスアルバムに収録されることも多く、80'Sダンスクラシックにも数えられていますが、当時は「突然変異」の如くチャートを上昇していったことを思い出します。101位登場。91位→80位→70位→63位→52位と好調にアップ。84年2月25日、8位まで上昇。

FOOTLOOSE/KENNY LOGGINS  1984/01/21
 80年代、最も意外な「BUBBLING UNDER」からのTOP10ヒット曲。108位に登場後、翌週はHOT100の56位にエントリー。3週1位に輝きました。

BORDERLINE/MADONNA  1984/03/03
 いまでこそ、プレスリー・ビートルズをしのぎ史上最多のTOP10ヒットをもつ、マドンナですが、デビュー直後は苦戦。初のチャートインシングル「EVERYBODY」は「BUBBLING UNDER」8週の長期滞在で最高位は102位。続く「HOLIDAY」は108→109→108位と「BUBBLING UNDER」3週を経て、16位まで上昇。そして、マドンナ記念すべき初TOP10シングルである、この「BORDERLINE」(最高位10位)も登場は107位。苦労したんですな、マドンナも。

THE WARRIOR/SCANDAL FEATURING PATTY SMYTH  1984/06/23
 当時は、パティ・スミス(Patty Smith)と混同されたパティ・スマイスの初TOP10ヒット。104位登場。84年9月22日から2週7位を記録。

ALL I NEED/JACK WAGNER 1984/10/06
 クインシー・ジョーンズが80年に設立した新興レーベル「クエスト」が送り出した期待の新人。もともと俳優志望のジャックが人気テレビドラマ「ジェネラル・ホスピタル」への出演がきっかけで歌手デビュー。
108位で「BUBBLING UNDER」に登場。翌週も107位にとどまりましたが、1985年1月、マドンナの「ライク・ア・ヴァージン」に次ぐ2位まで上昇する大ヒットとなりました。

LOVERGIRL/TEENA MARIE  1984/12/01
 ビリー・オーシャンの「LOVERBOY」(85年2月23日付け2位)と入れ替わるように、TOP10 入りしたのが、この「LOVERGIRL」。一発屋扱いされることが多い彼女だが、81年に37位と50位の2曲のスマッシュヒット、「LOVERGIRL」以降も2曲の小ヒットを持っています。108位登場、翌週102位。HOT100エントリーは84年12月15日。16週後の85年3月 30日に最高位4位を記録しました。

IN MY HOUSE/MARY JANE GIRLS  1985/03/02
 リック・ジェームスのプロデュースで83年にデビューしたのが、黒人2人、白人2人の女性4人組、メリー・ジェーン・ガールス。TOP10ヒットであるこの作品以前に4曲もの「BUBBLING UNDER」ヒッツをもつ。キワモノ・ファンクの雰囲気が「BUBBLING UNDER」(?)
110位登場。85年6月8日から3週7位。

AXEL F/HAROLD FALTERMEYER 1985/03/23
 ハロルド・ファルター・メイヤーは、「ミッドナイトエクスプレス」や「アメリカン・ジゴロ」など、70年代後半から80年代前半にかけ数多くの映画音楽を手がけた、ドイツ出身のキーボードプレイヤー。102位登場。翌週69位へとジャンプアップ。85年6 月1日から3週3位。

VOICES CARRY/'TIL TUESDAY
 1985/04/06
 同時期にチャートインしたローン・ジャスティスと混同する(しないか)、女性ベーシスト、エイミー・マン率いるティル・チューズディ唯一のTOP10ヒット。104位登場。85年7月、最高位8位を記録。

YOU GIVE GOOD LOVE/WHITNEY HOUSTON 1985/05/04
 ホイットニー・ヒューストン最初のTOP10ヒット。109位を経て、翌週67位へと42ポイントの大幅アップ。 7月27日付けで3位まで上昇しています。

DON'T LOSE MY NUMBER/PHIL COLLINS  1985/07/13
 3枚目のソロアルバム「NO JACKET REQUIRED」から3曲目のTOP10ヒット。「AGAINST ALL ODDS」から数え、5曲目の連続TOP10ヒットにあたる、ノリにノッていたときのシングルだけに、「BUBBLING UNDER」からの登場は意外。
104位登場。翌週46位の好位置でHOT100にエントリー。9月28日付けで最高位4位を記録。

OH SHEILA/READY FOR THE WORLD 1985/07/27
 一発屋登場!と期待しましたが、この後「DIGITAL DISPLAY」(21位)、 「LOVE YOU DOWN」(9位)のスマッシュヒットを飛ばすなど、そこそこの活躍をみせました。
105位登場。10月12日、1週のみ#1

I MISS YOU/KLYMAXX  1985/08/17
 「BUBBLING UNDER」が廃止される前々週(85年8月17日)に108位に飛び込み、最後の「BUBBLING UNDER」チャートとなる翌8月24日付けで108位。85年12月28日から年末の1週を挟み、4週5位を記録しました。
 ところで、このグループ、未だにアトランティック・スターとの区別がつかないのですが…。
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